兄さん姉さん

誕生日の余談ですが、Facebookってのは頼んでもいないのに誕生日をあちこち知らせるじゃないですか。だから心優しい方々がお祝いメッセージをくれちゃうでしょ。それが申し訳なくて。僕は昨年あたりから、Facebookが「ほら」と『友達』の誕生日を教えてくれても、誰にもメッセージを贈らないことに決めました。ごめんなさい。理由は、その日だと教えられてから行動することに違和感を覚えるからです。そんな人でなしにも関わらず、バースデイメッセージをくれる人がいる。ありがたいことだし、もらったらやっぱりうれしい。
そんな中でも特に「お」っとなるのは、目上の方々からの言葉です。生まれつき人の話を聞かない性格で、なおかつ上司・部下や先輩・後輩の関係性を持つ働き方から20年くらい離れているので、年上の方と接する機会がどんどん減っているわけです。もはやどこに行っても現場最年長。自然と気遣われてしまうし、時には懐くようにして年上をイジるヤツもいてくれますが、叱ってくれる人はいません。ま、叱られるの大嫌いだからいいんですが、たまには年長から「お前なぁ」と嫌味を言われてみたいし、先輩をイジる醍醐味を味わってもみたい。
気持ち悪く聞こえるでしょうが、甘えたいんでしょうね。長男に生まれつくと、兄さん姉さんを求めてしまうんだと思います。たぶん、承認欲求を満たしてくれる存在として。
というような話をすると、年若から「なんだよ」と嫌われそうですね。いやいや、頼りなくも自分がみんなの兄さんになりたい気持ちはあるので、そこはよろしくお願いします。でも、そのうちわかるから。周囲に自分より若い人しかいなくなったときの、お尻の下がすうすうする感じ。居心地が悪いとは言わないけれど、慣れるのには時間がかかるのよ。

見上げた瞬間、「登ってみたい」と思う人がいるらしいね。

誕生日を迎えることについて(ぐたぐたと)

誕生日を迎えることについて語るときに僕が語ること。って、これは春樹さんのエッセイ本のタイトル丸パクリだな。
数日前にここで「歳を重ねるたび、誕生日について思うのは親のことになっていきます」と記しましたが、誕生日全般に関してそう思うようになったのは事実です。他者に向けた感謝を実感できるようになった、という意味合いで。そういう謙虚さをもっと早く、たとえば30歳までに身につけられていたら、この人生はより豊かなものになっていたかもしれません。
じゃ、どれほど豊穣だったか? それを考えても正解が得られそうにないので、人より時間はかかっても感謝や謙虚を知ることができたなら、それはそれで僕の実りに勘定していいだろうと思うわけです。特に刹那的にも自棄になるでもなく。
何かね、そんな感じ。さっぱりしたもんです。いろんなことがわかってきたからかもしれません。昔は根拠もなく自分の生命力に自信を持てたけれど、それを阻害する力は外側だけでなく内側にも存在していて、たぶん時間が経つほどに両者の力は拮抗し、あるいはいつか生命力が負ける日が来るかもしれないということを。そしてまた、予期せずうんと早くその日が来てしまった人がいることも。
それでもひとまず僕は58年12カ月に渡り、阻害力に対して連戦連勝を続けている。これは紛れもない事実。できれば59年1カ月目となる今日からも勝ち続けたいと祈るのも事実。老成したように思うでしょ。でも実は、30歳のときだって勝負形式そのものは同じでした。ただ、気付けなかっただけ。
かと言って、特別な覚悟があるわけではありません。今一番恐れているのは、昨日打った2回目のワクチンの副反応です。熱が出るっていうじゃない?
今日が誕生日の世界中の方々に、心からおめでとうを言います。

誕生日との一致。何の隠喩でもないことを祈るばかり。

銀杏の銀杏

知っていることより知らないことのほうが圧倒的に多いのは承知していますが、銀杏の生り方を初めて見ました。しかし銀杏ってのはやっかいですね。ここで話したいのは、銀杏の木の実の銀杏ですが、なぜ同じ漢字を使う? なので今回は、実のほうをぎんなん。樹のほうはイチョウとします。
で、ぎんなん。秋もある時期になると、イチョウの根本周辺に落果しているのを見かけるようになります。ランニングコースの池の公園にも数多く植わっていて、落ちたぎんなんを踏みつけると、これがまた臭いでしょ。そのときばかりは自ら踏み潰さぬよう、爪先立ちで激しく腿上げしながら落果地点を通過しなければなりません。
そう言えばいつだったか、神宮のイチョウ並木でぎんなん拾いにいそしむ方々を見かけたことありました。炒って食べるんでしょうかね。そんな収穫を都心で行う人がいるんだと知って、ちょっと驚いた覚えがあります。池の公園ではそういう人と出会わないのだけど。
そんなわけでぎんなんは、地上に落ちているものという認識しかありませんでした。ところが先日、黄葉しかけたイチョウを見上げたら、枝の方々でぎんなんが生っていました。房となってぶら下がるブドウみたいに、実にたわわに。久々の「へぇ」でした。そりゃまぁ落ちるのであれば最初は高いところに生るのが当然ですが、その仕組みを自分の目で確かめると、まさに腑に落ちるわけです。そして、ちょっとうれしくなる。視点を変える大事さを再確認させてもらえたことに。
落果前のぎんなんの写真をアップします。「こんなんなの?」ってびっくりする人、案外多いと思うけどな。

こんなふうに生ること、知っている人のほうが多いのかな?

記録や栄冠よりも

あちこちで流された記者会見の映像で、これがもっとも重要な言葉だったと思うのです。
「どこまで強くなれるかが自分にとって一番大事」
そんな人生哲学を19歳の藤井聡太さんが口にするわけです。いやいや、すでに藤井三冠とお呼びしなければなりませんね。
さておき件の発言は、史上最年少で三冠達成した感想を聞かれての答えに違いないでしょう。まぁ対局直後であれば、そうたずねたくなる気持ちはよくわかります。ただ、藤井三冠を取り上げるメディアのほとんどは、早くもタイトル戦に視点を移しているわけです。なぜなら、次の竜王戦で勝てば全部で八つあるタイトルの半分が彼のものになるという、メディアにとって飛びつきやすいトピックが生まれるから。
ちなみに、現時点で藤井さんと同様に三冠を達成しているのは、渡辺 明名人・棋王・王将。でもって竜王のタイトルを持っているのは、13日に藤井さんに敗れ叡王を失った豊島将之さん。豊島竜王としては藤井四冠の誕生を阻止する負けらない戦いが求められるという、これもこれで飛びつきたくなる展開ではあります。
でも僕としては、20歳手前の青年が記録や栄冠よりも大事にすることに注目してほしいのです。何ならインタビュアーを買って出ましょうか? 僕だって「どこまで上手に書けるかが一番大事」という意気込みで仕事していますから。
しかし、藤井三冠に取材を受ける時間がないとしても、僕にお鉢は回ってこないでしょう。周囲が納得できる記録や栄冠を持ち合わせていないですからね。それなら今すぐ誰にもわかりやすい名誉を獲りに行けばいいのか? 獲れたら僕にいの一番でインタビューさせてくれるのか?
思考が混濁してきました。記録と栄誉ねぇ。持ったことはないけれど、持って邪魔になるものじゃないんだろうな。とにかく、聞いてみたいのです。もしや藤井さんにとって勝つことと強くなることは、必ずしも一致しないのではないかと。

どうしてこんな青が出るんだろうと、普通のお宅の垣根を見るたび感心するのです。

 

誕生日について思うのは

仲間内の夫婦に子供が産まれました。ずいぶん前に聞いた出産予定日が僕の誕生日付近だったこともあり、そろそろだろうと気にしていたのですが、この時代はやっぱりなかなかです。産んだ当日の午後には夫と妻と僕の3人のLINEグループで報告があり、妻とも対話ができるってのは、ねぇ。いずれにしても、母子ともに無事という報せにホッとした次第です。
母になって半日も経っていない妻は、こんなメッセージをくれました。
「今はもうボロボロ」
その疲労感がどれほどのものか、僕にはまるでわかりません。彼女よりうんと長く生きていながら、僕にそんな体験がないから。辛うじて想像できるのは、自分の母親も僕を産んだ直後はそうだったかもしれない、ということくらいでしょうか。
そんなこんなで歳を重ねるたび、誕生日について思うのは親のことになっていきます。もはや90歳という大台が見え始めている母親ですが、たぶん僕を産んだ日のことは今でも覚えているんじゃないかと思います。片や産まれた息子のほうは何も記憶していませんから、親側が持ち得ている実像と、子供側は抱く他にない想像との間には、生涯に渡って一致しないギャップが生じるのでしょう。それを埋めようとする意識が絆と呼ぶものになるのかもしれません。さて、どうでしょう。
もし17日に産まれたら、十七男Jrを贈呈してもいいと思っていましたが、女の子でした。さすがに十七子は薦めないとLINEしたら、父親になって数時間の夫は同意のメッセージを寄越しました。にべもないヤツです。

利用後は使用者がグラウンドを均す。素敵な作法だと思います。

サンマのジレンマ

もはや世間が気にしなくなっても、少なくとも僕だけは今年も状況を見守ろうと心に誓っていました。
水産庁は7月30日、8月から12月(本漁期)のサンマの来遊量予想に関して、過去最低の漁獲量を記録した2020年は上回るものの、過去最低から2番目となった2019年を下回る見通しを発表。やっぱりそうかと、まずは肩を落としたわけです。
そして8月27日、北海道沖に出ていたサンマ漁の大型船が根室市の花咲港に戻り、初水揚げを実施。この日の水揚げ量は約79トンで、水産庁の予想通り、過去最低だった昨年を上回ったそうです。それを知った僕の口は、真一文字。
その後も漁は続き、東京・豊洲市場への入荷が開始したものの、9月8日付けの日刊水産経済新聞は、今年もサンマ漁は厳しい状況が続いており、現時点では「最悪だった昨年よりはましという程度」と伝えました。昨年よりはましって、この表現のほうが厳しいよなあ。
近年のサンマ不漁、理由は様々語られていますが、日本近海の海水温上昇がもっとも真実に近いようです。誰が海水温を上げたんですか? って話になれば顔を背けがちになり、自業自得を呪う他になくなりますね。
もう一つ呪いたいことがあります。いまだ収束しないコロナ禍は、サンマを上手に焼いてくれる料理人たちと僕の距離を遠ざけたままでいる事実です。自分で焼けばいいじゃんと思われるかもしれません。スーパーでは生サンマが売られるようになってきたのだからと。でも、僕には美味しいサンマを焼き上げる腕も自信もない。それでなくても希少になりつつある食材を素人の一時的な感情で無駄にしたくない。そこはもうプロに任せる以外に道はない!
そんなこんなで上等な一品を食せない状況に、これまでにないジレンマを感じています。料理人たちも同じ気持ちでいるでしょうか。秋が終わるまでには会いたいよねぇ。

某中学校の裏庭の掲示物。15歳でSDGsを学ぶのね。

 

フライパン問題

「貧乏になっても貧乏臭くなるな!」
ひとまず自分の信条ではあるけれど、文字にするとパッとしないですね。でも、信条を守り通しているかというと、かなり怪しいところがあったりします。
この2年くらい「買い替えたいリスト」からなかなか外れないのがブルーレイ・レコーダー、スマホ。そしてPC。レコーダーはブルーレイ・ディスクが見られないという決定的な故障が起きているのだから、自分でも「もういいだろ」と呆れますが、他の機能は特に問題がないので放置。手持ちのスマホとPCは、新陳代謝が活発な電子製品の中では完全に旧型だけど、ひとまず作動しているからこれも後回しの連続。
しかし、過去にスマホとPCはある日突然黒い画面で固まってひどく慌てた経験があります。たぶん、そこまで完全に壊れないと買い替えられないのです。なので、新製品が出るたび乗り換えられる人の気持ちは、いまだに理解できません。まだ使えるのに、もったいない! でもそれ、正論をぶっているようでいて、実は違う理由があるみたいです。
最近の「買い替えたいリスト」に入っているのが、中サイズのフライパン。相当に高価で高級な製品はわかりませんが、そこそこの価格で買える○○加工とか謳っているフライパンって、やがて確実に焦げ付きませんか? ここのところは使うたび、ほぼ文句を吐いています。目玉焼きが上手に剥がれないから。ただ、確実に焦げ付くのが持ち手の逆サイドだったりするので、その部分に卵を持っていかない技を身につけて、自分の対応力を自画自賛したりもして……。
いやいや、新品を買ったほうが気持ちいいでしょ? その気持ちよさだってこれまでに何度か経験してるでしょ? そんな自問自答を繰り返し、もしかしたら僕は、気持ちよくなる瞬間をあえて先延ばしにしているだけかもしれないという、まるで意味不明な心理を探り当てたりもして……。
これは貧乏臭いのか、あるいは貧乏性ってやつなのか?
「いいからフライパンくらい買おうぜ」と言い出してくれた自分が現れて、ひとまずフライパン問題だけは解決しそうで、だいぶホッとしています。

黄葉の始まり?

9.11

日付だけで出来事の概要が伝わる件は、僕のライフタイムでは9.11が最初でした。もう20年になるというのに、発表されている世界貿易センタービルの犠牲者2753人のうち、いまだ1106人の身元が特定できていないそうです。その事実によって今も心を痛め続けている家族や友人は、1106の何倍になるのでしょうか。
あの日のことはよく覚えています。創刊したばかりの専門誌の編集部で次号の制作に追われていた午後10時前後、誰かが叫んだのでした。「戦争が始まる」と。PCでネット速報を見ていたんじゃないでしょうか。編集者というのは夜も深まっていくと意味不明なことを口走る人種なので、その瞬間は目もくれませんでした。何しろ戦争になりかけているのは自分の机の上だったし。
「いいから見ろ」と強引に呼ばれて画像を見て、でも何が起きたのかよくわからなくて、その後別の誰かがテレビを付けてライブ中継に釘付けになってからは、確かに戦争が起きるかもしれないと空恐ろしい気分になりました。雑誌なんかつくっている場合じゃないのかもと思ったんですね。けれど同時に、自分に影響が出るにはかなり時間のかかる遠い国の話だとも感じていました。
それからしばらくすると、友人の知人くらいの方があの日あのビルの中にいたという情報が伝わってきます。会ったことはない人でしたが、もはや海外の都市部は僕くらいでもそのくらいの距離感でつながっているんだと、これはこれで背筋が寒くなりました。
事件から2年後の2003年10月、仕事の流れでニューヨークに行きました。せっかくだからグラウンド・ゼロも見ておこうと、確か徒歩でその場所に向かったのだけど、テレビで見た巨大なビルが2棟も並んで建っていたとは信じ難いほど、その敷地は狭く感じられました。周囲の路地も同様に。在ったものが無くなっている状況から何をどう感じ取ればいいかわかりませんでした。でも、実際にそれが起きた場所に立って、映像の記憶を重ねてみて、何かが少しだけ飲み込めたような気持ちになりました。
場所も時間も離れていると、事実の了解が困難になります。だからこそ、想像するしかないのでしょうね。今も帰ってこない大事な人を待ち続けている人々の思いを。胸の苦しさが和らぐ日が少しでも早く訪れることを祈ります。

紅葉の始まり?

最近さぁ

「最近さぁ」という一種の枕詞で始まる会話はたいがい、健康に関することだったりします。たぶん若い人は、こういう切り出し方はしないでしょう。最近に至る人生の経緯が短いから。
では、そこそこ生きてしまった自分はいつ頃から会話の冒頭で「最近さぁ」を用いるようになったのか? 正確には覚えていませんが、おそらく老眼を自覚した頃だと思います。それが無念にもどんどん進んでいくと、当然のことながら「最近」が更新されていきます。
直近で「最近さぁ」と語り出したくなったのは、荷物が増えてしまう面倒臭さについて。仕事ではないクルマ移動の場合、出先で必要に迫らないことがわかっていれば眼鏡を、いやまぁ老眼鏡を持っていきません。単純にかさばるから。
ところが不意を突かれる形で、けっこう大事な書類を読まなくちゃいけない場面が先日あって、まったくもって難儀しました。昭和の不良みたいな目つきで必死に解読したのだけど、なかなかイラつきますね。こうなると、あらゆる外出で眼鏡が、いや老眼鏡が必需品になるのでしょう。人生100年とか言われますが、そういう不自由さを受け入れながら生きていくというのもね。ま、老眼くらいなら我慢しろって話なのだろうけど。
ここのところは半日みっちりPCに向かって仕事をすると、夜は目がカスカス。新しい老眼鏡、つくったほうがいいのかな。で、「最近さぁ、目が疲れないのよ」と誰かに喜びを伝えたらいいのかな。うざがらずに聞いてくれる?

かわいらしく咲くのはニガウリの花。ランニングコースでよく見かけます。

 

99

カレンダーの上でゾロ目の日は5日しかないので、9月9日ともなれば何かあるだろうと探ってみたわけです。『救急の日』は妥当ですね。ゆとりがなくて忙しない様子を表す『汲汲の日』ではないようです。そんな記念日をつくられても迷惑でしょうね。
『占いの日』でもあるそうな。1999年に日本占術協会が制定したらしいのですが、この日を選んだ理由の一つが、ノストラダムスの終末の予言の日が1999年9月9日だったからなんですって。ノストラダムスの話って占いだったのか? しかも僕らが知っている予言は、1999年の7の月に恐怖の大魔王が空から降ってくるというものだったけどな。
さておきノストラダムス。この名前に震撼した世代って、どのあたりまでなんでしょうね。始まりは、1973年に発行された『ノストラダムスの大予言』でした。この本が大ヒットしたのは、世界が滅亡するのは発行から26年後という、中途半端だからこそ信ぴょう性が高そうなメッセージが鍵になったのだと思います。当時の大人たちがどこまで信じていたかはわかりません。しかし、噂話に目がない子供たちにすれば聞き捨てられない話題でした。そうして呪縛となったのです。いろいろあってもやがて世界は消えてなくなるんだという。
それもまたブームで、やがてノストラダムスの話題は僕らの生活から遠ざかっていきました。けれど、少なくともあの頃の10代が誰も忘れていなかったと思うな。100パーセント信じちゃいないけれど、100パーセント疑ってもいないその感じ。今となっては懐かしく思える気分ですが。
何の話だっけ? 9月9日ね。『栗きんとんの日』でもあるそうな。旧暦の今日は五節句の一つの重陽の日で、お祝いに栗ご飯など食べる風習があることから、栗きんとん発祥の地というプライドをもった岐阜県中津川市が「今日!」と定めたとか。汲汲したときに甘いものを口に入れたらホッとするかも。1年365日、こういう日ばかりだったらいいねぇ。

まだ色を残しているのか、新たに色をつけたのか。頑張れって思うね。