ニッポノサウルスにしてみれば

9月3日のニュースでした。兵庫県丹波篠山市で、2007年から2008年にかけて恐竜の化石が発掘されたそうな。角竜類(つのりゅうるい)と呼ばれる草食恐竜ながら、これまでに知られていない新種であることが判明。発掘場所にちなみ「ササヤマグノームス・サエグサイ」と命名され、同月4日から兵庫県三田市の『県立人と自然の博物館』で展示されることになりました。
それを知って妙にワクワクしちゃって、記事をクリップしておきました。爬虫類は苦手なくせに、恐竜だと無条件で許せるのはなぜだろう。怪獣みたいでカッコいいという無邪気な思いがそうさせるんでしょうか。あるいは、2億年以上前から6500万年前の地上に実在したという訳のわからなさに圧倒的なロマンを感じるのでしょうか。
そんなこんなで、この国ではあまり耳にしない恐竜の化石発掘に触れ、じゃ日本初の恐竜って何だろうと調べてみたのです。
公式には、1978年に岩手県岩泉町の茂師で発見された、これまた地名にあやかったモシリュウの上腕骨が、日本最初の恐竜の化石なのだとか。ところが、それより42年前の1934年、調査を行った北海道帝国大学の教授が名付けたというニッポノサウルスが見つかっていたらしいのです。ところが、発掘場所がややこしかった。
化石が眠っていたのは、当時は日本領の、現在はロシア領のサハリン。先の戦争をまたいだことで、日本人が初めて研究したものの、日本初の恐竜にはカウントされなくなったようです。
しかし2000年代に入り、長らく止まっていた研究が北海道大学の大学院生によって再開し、複数の全身復元体を製作。うちひとつはサハリン州の郷土博物館に提供。それが日露関係、ひいては北方領土問題にどんな影響を与えたかまでは調べ切れていません。
とは言え、呼ばれてもピンと来ないであろうニッポノサウルス本人、いや本竜にしてみれば、自分が骨になってから億年後の生物の諸事情などどうでもいいですよね。彼らはただ、国境などという面倒な縛りがない、現在と地形が異なる陸上を生きていただけだし。
その、あるがままの大地を自由に歩き回る姿こそ、僕が恐竜に興味を持つところなのかもしれません。

眼下の新築工事現場は屋上に取り掛かり中。もはや眼下と呼べない高さだな。

矢面

矢面に立つ悲哀のようなものを感じております。新しい総理大臣の話です。
好き、というのはナニですが、ずっと興味を持って見てきました。ごくシンプルに言えば、正論の人だと思います。しかし、道理にかなった正しい意見や議論を生み出す考え方がピュアなほど、嫌われたり疎まれたり、あるいは周囲から「大人になれよ」と揶揄されたりもする。僕にしても、青臭い意見は案外大事と思っていても、そればかり口にされたらうんざりしそうです。
けれど、政治がどういう世界であれ、そこに身を置く人にリーダーシップが求められるのであれば、耳触りのいい曲論を喋るより、苦味を感じる正論を語るべきだと思います。可能な限り自分の言葉で。
ただし組織の中では、正論は煙たがられてしまう。そうして新総理は長い間、党内野党という立場に追いやられてきた。そんな特殊さをメディアがおもしろがったことで世間の認知度が高まり、巷では常に次期総裁候補に挙げられてきたのは皆さんもご存じの通り。こんなこと言ったら確実に叱られるけれど、決して人受けする人相でもなかったのに。いやまぁ、あの顔つきと正論のセットだから信用度が高かったのかもしれませんが。
でもなあ。第102代の内閣総理大臣になってから今日までは、確実にらしくないんですよね。事情が許さないんだろうけれど、発言も原稿から目を放さないし、だからちょっと小さく見えたりもする。これは完全な妄想ですが、もしやご本人がもっとも驚いているんじゃないでしょうか。なりたかったリーダーになってみたら、ここまで窮屈を強いられるのかと。あるいは矢面に立つとは、正面からだけではなく、足元や背後からの攻撃も受けなければならないのかと。
じゃ、好きに正論が吐けるポジションにい続ければよかったのか。しかし、孤独のままじゃやりたいこともできないだろうし。いずれにしても望んでリーダーになるのは、僕が想像するよりはるかに重大な覚悟が必要なのでしょう。
でも、久しぶりに見守りたい政治家になりました。物騒なことを言いますが、たくさんの矢が刺さっても最後まで立っている姿に期待しています。

近所でよく見かけます。僕が18歳で路上教習したときは、背中が汗で湿りました。

コップの水

水が半分入っているコップが目の前にあるとき、「まだ半分もある」とらえるか、「もう半分しかない」と見るか……。
これは、ドラッカーというオーストリア生まれの経済学者が最初に説いたとされる、巷で有名な「コップの水理論」です。同じものを見ても人によって感じ方が違うのは当然。ただし、ポジティブっぽい「まだ・ある」と、ネガティブっぽい「もう・ない」のどちらの感覚に従うかで、そこから先の道筋が変わるという話らしいです。合ってるかな。
そしてまた、見方は常に一定ではなく、時々の状況や体調によって変わるもの。なので、焦りや諦めを誘導しそうな「もう・ない」ように見えたときは、「今日は疲れているかもしれない」と判断する材料にできるという話もあるようです。
では、心身が弱って「もう・ない」と感じてしまったときはどうすればいいか。まずは休息が大事なのだろうけれど、前提となっている見方の枠組みを変えてみる、心理学で言うところのリフレーミングも肝要なんだそうです。つまるところ見え方は印象の問題だから、目の前のコップ半分の水を、別のもっと小さなコップに入れ替えて、「こっちなら満杯じゃん」と安心してみるとか。これも合ってるのかな。
この「まだ・ある」と「もう・ない」は、普通の生活ではどっちでもいいと思います。たとえば、人が注いでくれたから飲まなくちゃいけない気の抜けたビールがコップの半分もあったら、「まだあるのかよ」と辟易しますよね。逆に、高価で美味しいウィスキーが「もうなくなりそう」となれば、急にちびちび飲んだりもします。例がセコいですけれど、そんなふうに場面ごとで感覚と行動を調整すれば、たいがいのことはやり過ごせます。
問題になるのは、非日常的な判断を迫られるときでしょう。誰かを救出に行かねばならないクルマの燃料が底を突きかけているとか? いやいや、そういうシーンは滅多にないし、いざとなったら理論もへったくりもない賭けとなり、誰かを救えるのは映画の主人公だけという、身も蓋もないオチになりそうです。
おそらく大事なのは、ポジであれネガであれ、どう感じるか見極めることですよね。自分の感覚に正直になれば、その後はどうにでも対処できるはずだから。
というややこしい話の締めに登場するのは、大谷翔平選手です。現在行われているプレーオフ地区シリーズで、あと1敗したら終了の局面を迎えたとき、彼は「2連勝すればいいだけ」と言ったらしいのです。2連勝なんて難しいじゃんと考えないんですね。そして実際に昨日の試合に勝った。心の底から、映画の主人公のような気の持ち様ができる人になりたいです。

曇天続きで気が滅入ったので、せめて写真だけでも青空が見たかった、という話です。

己を知るのは……

GoogleのAIが教えてくれました。「己を知り、己に克て」はソクラテスの座右の銘。「彼を知り己を知れば百戦殆(あや)うからず」と兵法で説いたのは孫子だと。
しかし臆病で意気地なしの僕は、大昔の偉人がどれほど真理を語ろうとも、客観的な視点に晒される自分を見るのが嫌で仕方ありません。イメージとの落差というか、実はこんなものという事実を突きつけられるのが怖いのです。
そういう情けない性分を明るみに引き釣り出されるのは、ソクラテスや孫氏の時代にはなかった動画。先日の野球の試合で、気を利かせたチームメイトがスマホを稼働させていたらしく、メンバーだけが閲覧できるサイトを伝えてくれました。
怖がりの己を知っているなら見なきゃいい。でも、怖いもの見たさの欲に駆られて再生しちゃうのも己のイヤらしさ。いやもう、3打席目のバッティングは酷かった。理想と大きくかけ離れたスイングなのに、よくバットに当たった上でヒットになるなんて、まさしく珍事連発の草野球ならではですね。
そういうの、見たくないなあ。けれど、あるがまま冷徹に記録された動画の中には、実はこんなものの自分が確かに存在している。そうであるはずがないと信じる、撮影から3日後の自分に容赦なく。理想に近づけたいなら練習する他にないのだけど、理想的な自分を客観的に見た覚えもないんですよね。死ぬまでに見ることができるんだろうか
などと一人落ち込んでいたところに、仕事仲間からメッセージ。ふと見つけた古い記録をいきなり投げてくる彼が送ってきたのは、2007年の写真でした。「トナオさん、若い」だって。そりゃ17年前と言えば45歳だし、そう言うアンタだって今よりずっとスリムな40歳だったじゃないか。
昔の自分を今の自分の目の前で晒されるのも、動揺の元になります。生まれたての赤ん坊が高校生になるほどの歳月を過ごしてもなお、若いだの老けただのと戦っている自分が現在も生きているってのは、何かねぇ。
40代の自分に懐かしさすら感じないということは、現在を生きるのに余裕がないのかもしれません。でも、酷いスイングをする60代の己を直視するのは、それだけで十分にしんどいんです。己を知らぬまま逃げ切る方法はないのかな。ないんだろうなあ。

こちら、恥ずかしながら17年前のオレたち。70.5KBの荒い画像が泣かせます。

 

さんまエレジー2024

9月の終わりに、自分でさんまを焼いてみたいという話をしました。このままでは旬を逃がすと焦り、ついに人生初の調理に挑みました。
でき得る限りきっちりやりたい。しかし自宅で炭焼きは無理だし、ガス台のコンロを使うと掃除が面倒という身勝手な矛盾を解決すべく、僕でも失敗しない手頃な術をYouTubu界隈で探索。以下は、実際に僕が取り組んだ工程です。
説明された下処理はやれそうだったので、まずは(ほとんど無駄に近かったけれど)ウロコの除去。真水で洗った後にキッチンペーパーで水気を拭き取り、臭み抜きの塩を当て10分放置。その際のまな板は、匂いがつかないようラップでカバー。10分経ったら、水500mlに料理酒50mlを加えたボウルの中で洗う。再びキッチンペーパーで水気を取ったら、身の部分に飾り包丁を。
重大なポイントはここから。最終的な味付けのための塩を振って塗り込む。思った以上に多めでOKという指示ながら、さすがに初めてなので塩梅がわかりませんでした。それに次ぐ要点は焼き。今回はフライパンと、「キレイに魚も焼ける」ホイルを使いました。この方法は、YouTubeにはなかった僕なりの判断です。
ふっくら仕上げにはフタが必要。その指示にも従い、中火の強で焼き始めていきました。最適な焼き時間は動画によってまちまち。なので、そばから離れず加減を見守ることにしました。
ここで問題が浮上。ウチのガス台には過度な温度上昇を防ぐセンサーがあり、一定の火力維持ができないのです。センサーを解除するスイッチがあるのだけど、温度が高まり過ぎたのか、仕舞には解除不可となり、おおむね弱火。ゆえに片面だけで8分くらい焼くことになってしまいました。
それでもそこそこの焼き上がりとなり、期待と不安を皿に移していざ実食。部分的に塩が強めなれど、身の具合はいい感じ。決して失敗ではない、人生初にしては悪くない出来でした。
でも、正直な感想は「こんなものかぁ」でした。それは確かにサンマの塩焼きだったけれど、僕が食べたかったご馳走たる秋刀魚には程遠かった。スーパーで買った、現時点で標準サイズの細身に満足できなかったからかもしれない。あるいは、手軽に仕上げようとした姑息さが原因だったかもしれない。
じゃオレはどうしたいのかと言えば、やはりさんまは人様に焼いてもらうべきものという、調理前からわかっていた結論に帰結する他ないようです。そして同時に、元々庶民的だったさんまを贅沢な秋刀魚と認知してしまった舌を恨みました。おそらく、よほどのことがない限り、二度と自分でさんまを焼くことはない気がします。それを自覚して、妙に寂しくなりました。

見た目は美味しそうに焼けたんですけれどね。

ヒリヒリ

例によって呆れるほど野球に打ち込んでおりますが、一昨日の試合はかつてないほどヒリヒリしました。事前情報では、学生時代に野球部経験者が多数いるチームとのこと。僕らのチームでちゃんと野球をやったことがあるのは数人。でも、素人多めの僕らなりに練習を積んできたし、これまでにも手強いチームと当たってきたので、そこはもう試合をしてみないとわからないところがあります。
そしてまた、最高齢が40歳前半で、30代が中心という情報についても、臆したところで始まりません。我がチームの平均年齢を釣り上げている張本人が言うのもナニですが、僕からしたら全員年若なので、今さら気にすることでもないし、それ以上にいっしょに遊んでくれるだけでありがたいわけです。
しかし、若いチームってのはおしなべて足が速いんですよね。オジサンだらけのチームなら、余裕でアウトになる打球でも全力で走られると内野安打になる。なおかつウチのエースが何度も牽制球を投げようと、お構いなしでバンバン盗塁を決めにくる。それでも結果的に4点しか取られなかったのは、僕らの実力と評価していいと思います。
ただ、少しでも気を抜けば一気に攻め立てられる怖さは、チーム全員が感じ取っていました。途中から試合に加わった仲間は、そんなシリアスな状況の中に入りたくないと思ったそうです。
最後の攻撃で僕らが同点に追いつき、4対4でゲームセット。おそらくはたから見れば、いいゲームだったと言ってもらえるかもしれません。けれどやっているほうは、募るばかりの緊張感でくたくた。終わったときにはアンダーシャツが汗でぐしゃぐしゃだったし、翌日は背中が酷く張りました。
そんなヒリヒリが何の役に立つんだろうと思ったりするのです。少なからず生かせるとしたら、同じような強豪と対戦する際の経験値になるという、あくまで野球の範疇に留まるものに過ぎないでしょう。言うまでもなく、僕の仕事でそこまでの緊迫感は不要だし、必要になる場面に遭遇したくもない。
なのだけど、予期せず訪れるヒリヒリは、予定調和に終始しがちな日常の中で、わりと強烈なスパイスになるみたいです。大袈裟に言えば、それを口にせず死ぬよりほんの少しだけリッチになれるというか。いやまぁ、何もかも忘れて無邪気になれる時間を楽しめるのは、かなり幸福なことに違いないんでしょうね。

白と青のコントラストは清々しいけれど、もはや29度に達しなくていいと思う。

 

それなりに身勝手な賞

聞くところによると、今日10月7日から今年のノーベル賞受賞者の発表が行われるそうです。生理学・医学/物理学/化学/文学/平和/経済学の6部門からなるノーベル賞。って、各分野で人類に貢献した人に贈られる、賞金が1億円ほどの、確か12月あたりにストックホルムで華やかな授賞式が開かれるというものですよね。そんなわけで、今となっては世界的権威を誇る特別な賞ですが、その始まりはかなり個人的なものだったみたいです。
1867年にダイナマイトを発明したスウェーデン生まれのアルフレッド・ノーベルは、自身の科学知識と類稀な発明で巨万の富を獲得。そんな彼が55歳のとき、衝撃的な事実に遭遇します。
1888年、ルードヴィ・ノーベルという兄が亡くなったとき、ある新聞が有名なほうの弟が死んだと伝えたらしいんですね。その際のタイトルが「死の商人、死す」。そこでノーベルは、爆薬や兵器の開発で大金持ちになったことを否定的に書かれた、自分の死亡記事を読む羽目に陥りました。これが相当ショックだったようで、1896年に63歳で亡くなる1年前、おおむね次のような遺書を残したのです。
「自分の財産をもとに基金を設立し、人類のために貢献した人たちに分配する」
その意思を引き継ぎ、1900年にノーベル財団が設立され、翌1901年に初の授与式が開催されました。ちなみに式が行われる毎年12月10日は、ノーベルの命日にあやかっています。
当人が読めるはずもないと思って書かれた「死の商人」扱いの記事に対して、ノーベルがどれほど傷ついたかは知りません。しかし、かなり嫌な見方をすれば、莫大な財産を有した個人の尊厳を取り戻すために始まった(というユニークなエピソードを持ちつつも)、それなりに身勝手な賞と言ってもいいでしょう。ただし重要なのは、それを世界的な権威にまで育て上げた人たちの努力を見逃してはならないことだと思います。
さておき、ノーベル賞発表ウィークに向けて、「もしや自分かも?」とドキドキしている人がこの世界にどれだけいるのでしょうか。研究や活動の始まりが個人的な理由であれ、僕らの未来を明るくしてくれる、然るべき人が受賞されることを祈るばかりです。

ベンチからチームメイトの活躍を見守るさびしさ、よくわかるよ。

 

公共の場の謙虚

クルマの運転中、すまないなあと思ってしまうのが、横断歩道で足早になる人と遭遇する場面です。ごく普通に歩いてもらってかまわない。なのに、こちらがクルマを止めて待っているのを見ると、サササッとなる人が多いんですよね。若者ならいざ知らず、いかにも高齢者だと、白線の段差につまずかないかと心配になったりします。なのでクルマの中から、ゆっくりでいいですよと手でサインを送るのだけど、それすら見ることなくサササッ。
正義を語りたいわけではないのですが、道路上には守るべき順番があって、言うまでもなく生身を晒す状態を最優先で保護しなければなりません。理屈はごくシンプルです。クルマと人間がぶつかれば、圧倒的に後者のダメージが大きいから。この文脈に添えば、クルマの運転手が横断歩道で停止するのは、謙虚さや優しさといった感情からではなく、物理的な法則に従う自動的な行為なのだと、僕はそんなふうに考えたりします。
にべもない発言かもしれません。でも、感情を優先させると、「せっかく譲っているのに、なんでチンタラ歩いてんだ?」みたいな苛立ちが沸きませんか。それで歩行者を急くように横断歩道へクルマを進めるのも、煽り運転と言われかねない。あるいは、そうしてクルマに申し訳ないからと、横断歩行者は早歩きするようになってしまったのかもしれない。
いやまぁ、日本人らしい奥ゆかしさの表れなのでしょうが、同じ作法はクルマを運転する側も心掛けるべきだと、だから権利の主張と良識の範囲で、歩行者の皆さんは慌てず横断歩道を渡ってほしいと思います。
話は転じますが、久しぶりに朝の通勤時間帯の電車に乗ったら、あまりの無法ぶりに息苦しくなりました。僕の背後にいたのはたぶん背の低い女性で、吊革に手が届かないのは仕方ないにせよ、他者とのゼロ距離で揺れに任せて体をぶつけてくるんですね。なおかつスマホから目を放したくないのか、曲げたままの肘や肩を僕の背中に刺し込んでくる。その痛みよりも、これで痴漢と叫ばれる怖さに怯えました。交通という公共の場において、謙虚という道徳または美徳は過去のものになってしまったのでしょうか。それにしても、ラッシュはエネルギーを消耗しますね。

絶品スンドゥブ。テイクアウトに時間がかかったのは、気温が下がったせいでしょうか。

晴れの日は労働、雨の日は休暇

僕には、晴天だと気分がよく、雨天だと憂鬱になる傾向があるようです。その辺を調べてみると、肉体のメカニズムとして、耳の奥にある内耳が気圧の変化を感じると、交感神経と副交感神経のバランスが乱れるらしいんですね。特に雨ないしは台風の際に気圧が下がると、天気病や気象病と言われる頭痛や目まいを引き起こすこともあるという。
しかし僕の場合、具体的な症状が出るわけじゃありません。あくまで、実に曖昧な気分の範疇に収まる“下げ”。なので、次のような調査結果に興味を覚えました。
日光を浴びる時間が減ると、脳内でセロトニンがつくられにくくなり、気分が落ち込みやすくなる。セロトニンは、オキシトシンやドーパミンと並ぶ「三大幸せホルモン」のひとつで、精神の安定やストレスへの耐性を高める働きがあるという。
ふむ、これは納得できます。どんなに日差しが強くても、外で野球ができるときは相当にハッピーになれますから、僕にとってセロトニンは何よりの精神安定剤なのかもしれません。
しかし、理屈に合わない点があります。天気病や気象病ほどの症状がなく、日光を浴びる時間に伴ったセロトニンの分泌量に変化があるにせよ、僕の主な活動の場は、気象に左右されない自宅の室内であるということ。要するに一定条件で仕事ができる環境を有しているのに、なぜ天気が悪いと憂鬱になるのか、そこがよくわからない。ですが、これにも理解を寄せられる見識がありました。
産業革命以前の人類は、気候の影響を受ける農業や漁業を主産業としており、晴れの日は労働、雨の日は休暇というサイクルで暮らしていた。それがDNAに刻まれているとして、天気が悪くても働けるようになった現代人は、かつての暮らしとのギャップにズレを感じている……。
ふむふむ。そうであれば、窓の外で曇天が広がっているのに机に向かう日の僕は、本能的な憂鬱に晒されるということなのでしょうか。それなら防ぎようがないから、「今日は雨なので原稿の締め切りを伸ばしてください」と頼む他にないな。
いやいや、通信の環境も整った現代でそんな勝手を言えるはずもなく、天気に関係なく頑張るしかありません。でも、本当のところはわかっています。天気が悪いと洗濯が進まない。そんな苛立ちが、自宅仕事の支障になったりするのです。
すみません。10月になっても天候が不安定ゆえ、つい生活感に満ち満ちた愚痴をこぼしてしまいました。まだ冷房を使うなんてね。

たぶん、次の雨が降るまでの晴れ間と言うべき空。

Oppenheimer

ようやく映画『Oppenheimer』を観ました。大好きなクリストファー・ノーラン監督の作品です。まだ一部の映画館で上映中なので、無神経なネタバレは避けながら書きますが、ざっくりとしたところでは、第二次大戦中のアメリカで極秘裏に進められた原爆開発プロジェクト「マンハッタン計画」の指揮を任され、後に原爆の父と呼ばれたロバート・オッペンハイマーという理論物理学者の伝記、という内容紹介が多いようです。個人的には、ノーラン監督がインタビューで答えた、「オッペンハイマーのジレンマに観客を巻き込もうとした」という言葉がこの映画の核心そのものだと感じています。
『Oppenheimer』に関して最初に思い出すのが、昨夏の「バーベンハイマー」騒動です。アメリカでは、着せ替え人形を実写化したコメディ映画の『Barbie』と、趣を異にする『Oppenheimer』が2023年7月21日に同日公開され、映画館では二本立て興行になったらしいんですね。これを受けた一般人が二作品を融合させる形で、確かバービーとオッペンハイマーの背後に原爆を想起させるきのこ雲を配したビジュアルをSNSで公開し、それに『Barbie』の米国公式アカウントが好意的に反応。「バーベンハイマー」ともてはやされた現象は日本にも伝わり、被爆者の心情を逆なでするものだと再びSNSで反発が広まった、という一件です。『Oppenheimer』の日本公開が翌2024年3月にずれ込んだのも、その影響があったそうな。
僕はノーラン監督のファンなので、まだ見てもいなかったのに、騒動が起きたのは映画の内容と関係ないと信じていました。でも、日本人として「バーベンハイマー」に不快感を抱いたのは事実。あるいはそれ以上に、投下から80年近く経っても原爆に対するアメリカ人の感覚が変わっていないことに、諦めのようなものを感じました。
明と暗。または幸福と絶望と言っていいほど対照的な作品が二本立てになったのは、コロナ禍などで低迷した興行を盛り返そうとした、アメリカ映画界の切なる事情があったらしいんですね。だから、もし同時公開や二本立てにならなかったら「バーベンハイマー」騒動は起きなかったかもしれないし、『Oppenheimer』の誤った前情報が流れなかったかもしれません。
でも、どんな形であれ、原爆に対するアメリカ全般の感覚が改めて浮き彫りになったのは、相応の意味があったような気がしなくもない、というか……。
そういうモヤモヤする感情、ひいてはジレンマに集中したのが『Oppenheimer』でした。3時間と知らずに観たけれど、最後まで巻き込まれっぱなしでした。今さらですが、観ておくべき1本としてお勧めします。

フヨウの花言葉は、繊細な美だそうな。