実質的には健康ネタ

左目が突然真っ赤になって眼科に行った件を伝えたのは先週の木曜日。実はその週、腰の痛みにも悩まされていました。原因は、「思い当たる誘因がなくても」という結膜下出血より明確な野球の練習。中でも外野ノック……。
ノック、ご存じですか? 各野手に向けてバットでボールを打つ実戦的な守備練習で、草野球からプロ野球まで行う一般的なトレーニングです。その要になるのは、実はノックを打つノッカー。その人が上手に打てないと、野手の技術が向上しません。
そんな重大責任を承知していながら僕が外野ノッカーを志願したのは、たまたま大きな外野フライを打てたから。それと、誠に僭越ながら、外野手たちの技術向上に貢献したいと思ったから。
そんなこんなでしばらく前から、率先して外野ノッカーを務めるようになりました。目指したのは、高さと距離が出るフライと、内野を抜けていくような強烈なゴロ。つまりは試合と同じようなボール処理が試せる打球。それを安定的に放ち続けるのがなかなか難しい。そんなことでは仲間の練習にならないと思うと、自然とプレッシャーがかかったりします。
あと、正直に告白しておくと、これは取ってほしいと思うナイスなフライをポロッと落とされると、「なぜ?」という苛立ちが精神的負担になったりもします。
いずれにせよ、そういうの全部ひっくるめて効果的なノックをしようとすると、そこは素人なのでどんどん力が入っていくわけです。その無駄がじわじわとダメージを与えたのでしょう。前々回のノック中に思わしくない兆候が出た翌日から、腰回りが重苦しくなりました。
その週に赤目。泣きっ面に蜂かよと嘆いたところに、「日本人は座り過ぎで死亡リスクが高い」みたいなニュースを目にしました。原稿書きなんて座り仕事の典型なのに、なおかつ腰が痛くなったらどうすりゃいいんだと、ちょっと自暴自棄になりました。
先週末の前回練習ではついにノッカーを辞退。別のメンバーが引き受けてくれたので、チームに迷惑をかけずに済みました。さらに今週末は練習なし。そう言えばお盆の休暇ウィークなので、世間に乗じて僕の腰もしっかり休められそうです。
とか、野球好きの真面目さをアピールするように書いていますが、実質的にはこの年頃がダジャレに次いで口にする健康ネタの類に他なりません。読み苦しかったら、ごめんなさい。

30度越えの午後3時。日陰こそがオアシス。

 

長崎はいつも晴れ

毎日何かを書くため日付を追っているなら、広島の8月6日に触れた以上、長崎の8月9日を見過ごすことができなくなります。なのに日本人ですら、世界で初めて核兵器が使用された日だけ重んじてしまう傾向があるのは否めません。実は現時点で、世界で最後に核兵器が使用されたのが今日であるにも関わらず。
というような歴史の記述をたどるのも大事だけれど、それだけでは何かが足りない気がします。たぶん、日本人として。
初めて長崎に行ったのは、高校の修学旅行。原爆資料館の見学は、ざわつくガキどもを一瞬にして黙らせるほどのインパクトがあったものの、やはり修学旅行は浮ついた気分が勝るので、「いやまぁ楽しかった」という曖昧な感想しか残っていません。
大人になってからは二度。一度目は、長崎市内にも立ち寄った取材旅行。このときは中華街に行き、僕がよく知っている横浜のそれより小さいことを確認しました。修学旅行でもどこかの店で卓袱料理を食べたはずなのに、やはり高校生はダメですね。
二度目は、取材終わりに空港近くまでレンタカーを戻してほしいという、突発的な依頼を受けてのことでした。最初はレンタカー屋に直行するつもりだったけれど、運転中ふと市内観光をしようと思い付き、道沿いのコンビニで観光マップを買ったのをよく覚えています。勾配のきつい坂の多さを実感したのはこのときでした。
言うまでもなく僕が触れた長崎は、歴史的な風情と近代的な都市性を両立させた素敵な街でした。そしてまた、あえて探さない限り被爆の過去を感じさせなかった。そうなるまで発展した経緯には、強いて言えば名もなき人々の多大な労力があったはず。そこに意識を向けようとすると、ついふさぎ込みそうになります。それを許さなかったのは天気でした。
思い出す長崎はいつも晴れ。暑かったり寒かったりもせず、おだやかな風に吹かれた記憶しかありません。好きだなあと思えるのは、そのおかげですね。

画期的な試みには賛辞を贈ります。けれど個人的には、伝統的な熱湯3分を支持します。

『夏の甲子園』

たぶんきっと、言わなくていい、聞かせなくていい文句の類になるでしょう……という言い訳をしてから話すのは『夏の甲子園』
何気なく午後7時過ぎにテレビを付けたら、高校野球の選手たちがナイトゲームをやっていて、いよいよ変化が顕著になってきたんだと感じ入ったのが一昨日でした。
指名打者/DH制の導入。微妙な判定時のビデオ検証の採用。猛暑対策の2部制の拡大。女性審判委員の起用。以上が今大会の4大変更点だそうです。
僕はすべてに賛同します。その理由は、著しい変貌を遂げてしまった夏場に屋外スポーツ競技を理想的な形で運営するなら、気候に対する措置を即時的に実行するべきと思うから。予想できる過酷な環境下で選手たちのパフォーマンスが落ちたり、ましてや健康自体が危険に晒される姿は、忍びなくて見ていられません。何より怖いのは、対策の遅れによって成長途中の若者たちの未来が崩れてしまう可能性です。
いやまぁ、その他にも『夏の甲子園』にはいまだ疑問がたくさんあるのだけど、それでも試合中継を観てしまうわけです。権威的にブランド化された大会にくみするのではなく、野球というスポーツを純粋に楽しみたい意欲のもとに。
なのに、何かが引っ掛かってゲームに集中できないのです。何のせいなんだろうと自分の違和感を観察してみたら、中継の解説でした。あれって、高校野球や社会人野球の元監督など、いわゆるアマチュア野球に長けた方々が担当されるんですよね。ならばその領域の専門的見地で一つひとつのプレーを説明してくれたらいいのに、おしなべて当たり障りがない言葉しか聞こえてこないのです。
そうではなく、たとえば現代の高校生の身体的特性に鑑みた現在の野球技術への対応力であるとか、各チームの地域的戦術の傾向など、より高校野球に興味が沸く説明があってもいいのではないかと思うんですね。しかし僕が観た中では、そんな話をしてくれる解説者に出会えていません。
だからやっぱり疑ってしまうのです。『夏の甲子園』が必要とするのは、全力で振り絞る汗と涙が描く清廉潔白な物語だけなのだと。生まれつきへそ曲がりで、もはや半身が文句ジジィと化している僕には、それが耐えられないのかもしれません。
高校野球ファンからは「なら観なくていい!」とお叱り必至でしょう。なので観るか否かは別として、よほどのことがない限り今夏は『甲子園』に触れません。でも、史上初の女性審判委員が登場する試合だけは見逃したくないなあと思っています。

踏切は奇妙で、時間に余裕があるときだけ風情を感じるんですよね。

夏の諸事

8月に入ったからか、夏休みのご予定を教えてくれる方がちらりほらり。ある家族は、2週間近くかけてロサンジェルスを起点にした旅に出るそうです。自慢する気がないのはもちろん承知。でも、ご自身が立てた計画が誰かに伝えたくなるほど豪勢に感じたんでしょうね。本当に素敵なプランなので、聞くだけでも楽しい気分になりました。
特にうらやましいのは、大谷翔平選手が所属するドジャースのホームゲーム観戦。バックネット裏のチケットをすでに取ったと話したご主人は、普段からメジャーリーグ中継を観ているので、「いつか必ず現地で大谷さんを!」という夢がついに叶えられるそうです。その喋り口が歓喜に満ちていたので、何だか妬ましくなりました。なので、大谷選手が出場しても全打席三振しちゃえばいいなどと、心にもない憎まれ口を叩いたり。いやいや、どんな成績でも現地で目の当たりできる感動には代えがたいですよね。ああ、うらやましい。
そのご主人の気掛かりは、家族4人中3人に女性たちがメジャーリーグ観戦を最後まで耐えてくれるかどうか。ただし奥さんは、「野球は詳しくないけれど大谷さんは見たい」と言っているので、かろうじて5割の賛同を得られているそうです。
この件に関しては、きっと娘さんたちも、あるいは途中で飽きるにせよ彼の地のカルチャーに刺激を受けるに違いないと励ましておきました。そのお礼に、2ドル程度で十分だからドジャーススタジアム土産を是非とお願いしたのは言うまでもありません。
家族で夏休み。それは素敵という思いを膨らませるような夏空がベランダの向こうに広がっていた午前中。僕がすべきだったのは洗濯でした。洗い終わった服たちをちまちま干していたら、二つあるはずの夏用靴下の片方が行方不明に……。
カバーソックスと呼ぶらしいですね。スニーカーを履いたとき素足に見えるようなヤツ。相応に小さいから洗濯時に紛失しないよう注意してきました。なのにその日に限って、どこを探してもくるっと丸まっているはずの片方が出てこない。そのかたわらでは入道雲が立ち上る青空がまぶしく輝いているというのに。
やはり僕の日常は、どうでもいいような諸事が次から次へと起きるみたいです。そういうのは町に残る者が引き受けるので、夏休みを遠方で過ごす方々は気兼なくお楽しみください。

まごうことなき夏空だなあって思って。

日々の中で突然発生する赤目と対峙しながら

自分の顔、どれくらい見ますか? お化粧される方なら、お直しを含めて結構な回数で鏡をのぞくと思いますけれど、観察レベルとなると、僕は歯を磨くときくらいなので1日2回か3回です。だから変化に気づくのが遅くなったのかもしれません。
その日最初の歯磨きで洗面台の前に立ったら、中途半端なホラー映画に出てきそうな、左目が赤いオレが鏡に映っていました。特に瞳の左側が顕著。まるで赤い紙をベタッと貼り付けたみたいな感じで、特殊メイクなら冗長でお粗末すぎると言わざるを得ない仕上がりでした。
たぶん白目に血が混入。でも、ここまでわかりやすい赤目になったことはなかった。痛みがなく、視力にも問題がなかったのは幸いでしたが、自分でも驚いたので、人が見たら相当に嫌だろうと。「何それ?」って二度見させるのも迷惑だろうし。
そこで思いました。人に会うのが仕事なら、自分の顔を確かめる責任を持たなければならない。造形の出来具合はさておき、理由が何であれ他者を不安にさせる変化には素早い対処が不可欠……。
こうも想像してみたのです。鏡をちゃんと見る習慣を持たないせいで、あるいは前日から赤い目を人様に晒していたのかもしれないと。とは言え、これだけ目が赤けりゃさすがに気付くだろうと高を括ってみたのですが、自信は持てませんでした。
そんなこんなで、最後に行ったのがいつだったかまるで思い出せない眼科へ。ドラッグストアあたりで適当な目薬を買うよりも、医師の処方箋による点眼液のほうが正解に違いない。そう判断するあたり、僕もだいぶ大人になりました。
診察結果は結膜下出血。何らかの理由で結膜下の血管が破れて出血。「何らかの理由」が気になりますが、思い当たる誘因がなくても出血するらしいです。医師は「40歳を過ぎると起こしやすくなる」とおっしゃっていました。またしても加齢か……。
放っておいても1~2週間で血は引くけれど、症状が強いと完治に2~3カ月かかることがあるそうな。放っておいてもよかったのかと思いつつ、いただいた目薬を差し続けて2日目。そんなに変わっていないので、見て見ぬふりをしてください。
大した話ではないけれど、僕もまた日々の中で突然発生する諸事と対峙しながら、8月6日を迎えております。

近所の駅の、仄かな灯り。旧式みたい。

「じゃけぇね」

本日の午後10時から、NHKのEテレで『あしたは8月6日じゃけぇね』という番組が放送されるみたいです。などと書き出してみても、番宣をするつもりはありません。制作に関わっていないし、知り合いが出演しているわけでもないから。
ただ、日本人の多くが覚えているはずの8月6日――広島に原子爆弾が投下された日――の前夜に放送されるプログラムのタイトルが、妙に引っ掛かったのです。
不特定多数の人々が災いを被った大きな出来事を思い返すとき、僕もその前日を考えたりします。もちろん、必死に考えたところで何も救えません。仮に明日起きることを僕が知って、何らかの手段で広く告知できたとしても、突飛すぎて信じてもらえないでしょう。その理由は、戯言みたいな予言より、平穏な日々の中で起きる諸事と対峙する時間を優先させるのが人々の暮らしの基本だから。
なのだけど、たとえば軍事作戦であれば、いかに隠密行動であれ、どこかの誰かは作戦の内容と決行日を知っています。考えてしまうのはそこなのです。大惨事になるのをわかっていながら、なぜ止められなかったのか……。それもまた、いくら考えたところで、ただただ詮無いだけですが。
けれど歴史を振り返るとき、その前日までの人々の暮らしと、その翌日以降に迫られる事態のギャップを想像することは、何かしらの教訓を得る上でとても大事だと僕は思います。実際のところ、時間が経つほどに得られる教訓は少なくなり、もはや新しい発見はないのかもしれない。それでも、やはり考えることはやめられません。僕らにとって真にかけがえのないものとは何かを忘れないために。
おそらくですが、冒頭で紹介した番組の制作意図には、そういう考え方があるんじゃないかと思いました。広島放送局がつくったらしいです。だからタイトルは広島弁にしたのでしょうか。
「じぁけえね」が、いわゆる標準語で共感を誘う「だからね」という意味合いなのは理解できます。でも、広島の人が口にする「じぁけえね」にだけ含まれる重層的なニュアンスまでは、少なくとも余所者の僕にはわかりません。そこを考えると、いささか悔しさが滲んできます。
その番組を僕は観るのだろうか。別に迷うことでもないんですけれどね。

広大な河川敷のグラウンドにささやかなパラソル。それでも日陰の恩恵を知ることができます。

「何かおもしろいことを」

誰も知らないだろうけれど、僕だけは忘れない……という毎年同じようなマクラで始まる今日は、TONAO TIMESの創刊日。2006年8月4日のスタートでした。当事の自分は43歳11カ月だったのかと思うと、やはり20年は重たく感じるものですね。
知人友人が担当してくれたコンテンツが10本ほどあった賑やかな構成は見る影もなく、今となっては僕が毎日何かを書くだけの器になりました。それでも続けているのは、文章筋トレを言い訳にした、他の人にはどうでもいい意地を慣性に利用した結果に過ぎません。
それはそれとして、創刊日にはTONAO TIMESを始めた前後を思い出します。よく言われたのは、「アンタ、何をしたいの?」でした。その質問に対する僕の表立った返答は「何かおもしろいことをしたいから」 これに納得してくれる方は極めて少なかった。でも僕は意に介しませんでした。なぜなら、裏の理由があったから。
2006年の僕はフリーランサーになって約7年目。独立以前の編集者根性が抜けなかったので、原稿書き単独より、企画・編集・執筆といった幅の広い仕事の受け方をしていました。ですが時間を経ていくと、フリーはどこまでいっても本流に加われない、強いて言えば第三者的な扱いから抜け出せない宿命を思い知らされることになります。その果てに自ら仕事の幅を狭めていく決断をするのだけど、立場をわきまえた身の振り方をしておけば、もっと稼げたのかもしれません。「それよりも!」と息巻くほどに、40代前半はまだ十分に青臭かったんですね。
そうして簡単には消せなかった忸怩たる思いの行き場を探る中で、あのころ流行り出したウェブの世界に漕ぎ出したわけです。
「何かおもしろいことをしたい」は嘘ではなかった。けれどTONAO TIMES始動の現実的な原動力になったのは、反骨心というより復讐心に近い思いだった。少なくとも20年前の僕という人間にとっては……などと吐露すれば、多くの人に引かれることでしょう。
とは言え今は、疑念や恨みを燃料にした力がみなぎる機会はほぼありません。なのに最近は、より建設的に自分主導で何かをやりたい意欲が沸き立ち始めています。それも年齢的なリミットを意識し始めた末の焦燥感という、およそ負のエネルギーによるものかもしれません。
そうであっても、63歳11カ月に達して再び「何かおもしろいことをしたい」気持ちになれたのは悪くないはず。そんなささやかな励みを与えてくれたのが、20年目の創刊日です。
あれこれ愚痴るようにつぶやいていますが、明日からもこれまでと変わらず何か書いていきます。よければお付き合いください。

左右はTONAO TIMES創刊時に10歳くらいだったヤツの脚。真ん中で伸びるのは、日焼けではなく砂や泥で黒くなった、20年前より子供みたいな僕のそれ。

『金の斧』の教訓

正直の大事さを諭す『金の斧』は、イソップ寓話の中でも有名な物語のひとつ。別名は『ヘルメースときこり』。ヘルメースはギリシア神話に登場する青年神ですが、『金の斧』に出てくるのは女神だと思い込んでいました。
ウィキペディアによると、はるか昔イソップ寓話を和訳した際、ヘルメースを水神としたことで児童書が女神に書き換えたそうな。これまたGoogle AIの力を借りると、日本の民間伝承や神話では、生命や作物の成長を育む母的な存在として、水の神様は女性の神様が多かったらしいんですね。それでこの国ではヘルメースが美しい女神様になったみたい。
それはそれとして、誤って池に斧を落としたきこりの前に神様が現れ、「お前が落したのはこの金の斧か?」と問う物語は、多少の違いを含みつつ世界中で語り継がれる寓話や童話やお伽噺の中にあるそうです。僕が記憶している『金の斧』の結末はこんな流れでした。
正直なきこりの話を聞いた嘘つきのきこりは、その池に自分の斧を落とし、やがて現れた神様に「私が落したのはその金の斧です」と答えると、神様は身を翻して池の中に姿を消し、後に残された嘘つきのきこりは自分の斧さえ戻らない羽目に陥る……。
これがフランスの詩人の手にかかると、商人や旅人の守護神であるメルキュールが登場し、嘘をついたきこりはメルキュールに頭を殴られるエンディングになるそうな。
いずれにしても、池に落としたのは金でも銀でもない、たぶん鉄製の自分の斧と主張した件に関して、僕は正直さよりも「常に試される事実」に教訓を見出します。だから時と場合によっては、神様に頭をかち割られる覚悟で嘘を押し通すかもしれません。いやでも、たいがいはできませんね。最終的な実利の獲得は、虚より誠を貫いたほうが確実なのは、古から伝わる真実だと思えるから。
ある仮の書面に記されていたギャランティが、提出した見積書より1ケタ多めに書かれていました。まるで『金の斧』でしょ。試されているなあと思ったので、言うまでもなく再確認をお願いしました。正直とされるきこりも、自分に不相応な斧を受け取ったら、その界隈の森で二度と仕事できないと考えたんじゃないでしょうか。

雷鳴轟く黒雲が接近したときのカラスの行動。不穏を感じると集団でいたくなるのかな。

「ジジィは黒いほうがいい」

「俺の足、白いなあ」
そうつぶやいた瞬間の目線はこっちの足元に向けられていたので、おそらく短パンから伸びる僕の脚との比較だったのでしょう。言うまでもなく発言の主も短パンでした
例によって飲み屋での話。その彼は前から顔見知りながら、改めて年齢を聞いたら来年還暦を迎えるそうです。つまりは、おおむね同年代。
服飾関係にお務めらしく、いつも身なりがクール。そこが似ているとは言えませんが、このくらいの歳になっても夏に短パンを穿くのは、世代の共通項かもしれません。
それ以上に感じ入ったのは、短パンに日焼けしていない脚はNGと思っている節があることでした。だからこそご自分の脚の白さをボヤいたのでしょう。
ちょっとうれしかったんですね。いつだったか、僕が夏に短パンを穿くのは、涼しさを求めるためだけでなく、いつまでも少年性を保ちたい願望の表れという話をしました。その少年性を発揮するのに不可欠なのが日焼け。ゆえにある程度は脚が黒くならない限り短パン着用は避けるべき、という個人的なルールが存在しています。
そうした、人が聞いたらどうでもいいような感覚を同世代が持っていてくれたことを確認できて、小さな歓喜としんみりするような安堵を覚えたわけです。
とは言え、日焼けが流行らないのは理解しています。何しろ気象庁が酷暑日なんて用語を持ち出した今、肌が焼かれる日中の外出は危険行為と目されるようになりました。そんな時代の趨勢を受け、海水浴場が減少しているというニュースも耳にしています。そしてまた、せっかく日焼けできるのにラッシュガードを着るなんてという僕の嘆きが、もはやまるで意味を持たないこともわかっています。
なのであくまで、僕の短パンルールは僕だけのもの。他人に強要などするはずがありません。しかし彼はこうつぶやきました。
「ジジィは黒いほうがいいんですよ」
拍手でした。美白など教わらなかった世代は、理不尽を頑固で押し通しながら、黒く焦げていくのが正しい。そこに強く激しく共感しました。その上でたずねてみました。どうやって脚を焼きますかと。
「いやまぁ、日サロに行けばねぇ」
ふむ、その発想は僕にないものでした。生まれつき地黒で、肌を出していれば赤くもならず勝手に焼けてきたので、機械加工を考えたことが一度もなかった。しかも自分では、今年の脚はまだ白いほうだと思っているのです。ジジィとしていかに黒くなるか、知恵を振り絞らなければなりません。

落雷写真、こんなのも撮らせていただきました。どこに落ちたんだろうね。

 

撮らせていただいた落雷写真から

珍しい写真が撮れたついでの話です。ここのところ雷や高気圧など気象に関する興味に触れたこともあり、近くに見えた積乱雲を観察しました。まるで夏休みの絵日記を埋めるみたいに。
始まりは、一昨日の午後6時半頃。自宅の机は北側の窓の前に置いているので、作業中は天候の変化に気づきやすいんですね。異変を感じたきっかけは、いつになく慌ただしいカラスたちの叫び声。うるさいぞと空を見上げたら、北東方面に巨大な黒雲。雷鳴が轟き出したので、東に面しているベランダに出てみました。
すると途端に落雷。それを美しいなどと言えば、真下にいる人たちには叱られるでしょうけれど、鑑賞、いや観察に値するほどの放電でした。
そこで文明の利器を活用。スマホに備わっている雨雲レーダーは優秀ですね。現時刻から数時間後までの雲の動きを手元で伝えてくれるなんて、僕が子供の頃には考えられませんでした。
当時よく諭されたのは、雷の光と音の時間差で雷雲の位置を知る方法でした。時間差が短いほど雷雲が近づいているのは当然なのだけど、いずれにせよ五感を駆使して天候変化から身を守れという教えだったわけです。それが刷り込まれているせいか、僕は今でも、まずは空を見上げる癖がついています。でも、可視化される高精度の予測情報のほうが便利ですよね。老婆心以外の何ものでもありませんが、いい時代になったと心から感心するし、時代の良さを当たり前と見過ごさないでほしいと思います。
さておき、雨雲レーダーによると、落雷の発生確率が高い雲の一団は、僕の自宅から10キロ以上離れた湾岸地区を、北から南にかけてゆっくり移動する予想を示していました。だから安心して観察できたわけです。
それにしても、天地10キロほどまで成長するという積乱雲は怪物のようですね。その内部で繰り返し放電される光が確認できると、もしや生命があるんじゃないかと思えてきます。雷の仕組を知らなかった昔の人にすれば、天空高く沸き立つ雲の災いに祟りを感じても無理なかったでしょう。それなりに知っている今の僕にしても、抑えきれない怒りの感情に似た力を覚えてしまうから。
そうして30分ほどかけて、積乱雲の移動を眺めていました。特別な被害に遭われた方がいなかったみたいなので発言しますが、なかなか楽しい時間でした。その間、もう一つの文明の利器たるスマホカメラを構え続け、まぐれで写ったのが下の写真。撮らせていただいたような気がしています。

まぐれなので、威張るほど見事なカットではありませんけれど。