誰も興味がないイベントのリポートそのもの

習慣にしたいと言い続けて幾星霜。たまにランニングして何かを書くようでは、ほぼイベントリポートじゃんと呆れる自分を押し殺すことにします。
「そう言えば」なんて気づかなかった振りをするのは逃げの常套句。2月で数回。3月に至ってはゼロ回であることを、当の本人が知らないはずはありません。
ありがたいことに、年明けからご依頼多数となりました。厚く御礼申し上げます。ゆえに個人の日課または希望を果たすより、締め切り優先でスケジュール調整するのがこの稼業の常。だとしても、過ぎ行く時に抗おうともせず体たらくを貪った我が身を嘆く場合、「もっとやり様があったんじゃないか?」と責める気持ちが沸き立つのも毎度のことです。
良い習慣って、良い結果を蓄えてくれるものですよね。だから続けることで、久しぶりに通帳を眺めたときのように、「こんなに貯まってた!」というよろこびを味わえるわけです。一方、のんべんだらりと生きていても日々コストがかかるから、何もしなくても残高は少しずつ減っていきます。その目減り具合が、定期的な預金情報を教えてくれない体力ではわかりにくい。何より怖いのは、元の残高に戻すための努力を想像してげんなりし、いわば体力口座を破棄するようにすべてを諦めてしまうことです。
では、どうすればいいか。いくらかでも体力に残高があるうちに、浪費消耗した分を取り戻すために再び走り出す。他に手立てはありません。
というような、100年前の自動車を始動させるくらい面倒な心的手順を踏んで、ようやく走れました。いやまったく、誰も興味がないイベントのリポートそのものですね。
それにしても、いつものコースとは言え2カ月近くご無沙汰すると、細部があれこれ変わります。工事中だった場所にマンションらしきものが建ったり、何より住宅街の庭の花が色とりどりに咲き始めている。春と初夏が混じり合っている気配は、本来なら徐々に、あるいは習慣的に感じ取らなきゃと、走りながら反省しまくりでした。反省だけで終わらせると、またエンジンをかけるのに手間取るんだよな。

葉が出始めると注目度が下がるようだけど、まだまだ健気に咲いてますよ。

42

2日続けて似た方向のトピックになりますが、朝ドラの話を昨日したのは、週が始まる月曜日に合わせたほうがタイムリーでしょうと、誰に向けたのかわからないサービス心からでした。ただしこの類の話題に関しては、4月15日という日付にも意味があったのです。
日本人選手の台頭で注目を集めているメジャーリーグにおいて、昨日の4月15日はジャッキー・ロビンソン・デーでした。ジャッキー・ロビンソンは、20世紀以降で初めてメジャーリーガーになった黒人プレイヤーです。その彼が、ブルックリン・ドジャースでデビューしたのが1947年4月15日。それを記念して、現在のメジャーリーグではこの日付の試合で、ロビンソンがつけていた背番号42のユニフォームを全選手が着て出場します。それは個人を尊重する文化として、とてもいいことだなあと思うんですね。
とは言え今から80年ほど前のアメリカは、人種差別が激しかった。肌の色の違いだけで虐げられていた黒人が白人社会で地位を得るには、運動や音楽などで人並外れた才能を発揮するしかなかった。正確に言えば、人並外れた才能を発揮する機会すら、相当に限定的だった。
野球以外にも3種の競技で奨学金を得てUCLAに入学。しかし学問を学んだところで黒人の就職にメリットはないと悟り退学。その後、陸軍に入隊。退役後に黒人の野球選手だけがプレーするニグロリーグに参加。その最中、ブルックリン・ドジャースのオーナーだったブランチ・リッキーからスカウトの声がかかります。リッキーはひとつだけ、こんな条件を付けました。
「差別に対してやり返さない勇気を持て」
オーナーは差別主義者ではなかったかもしれません。けれど当時のアメリカ社会で相応の地位を得た白人である以上、「どの面下げてそんなことが言えるんだ?」という立場だったのは間違いないでしょう。ゆえにオーナー自身にも葛藤があったろうし、ましてやロビンソンに至ってはさらなる迫害が待っているかもしれない。そうした苦難を乗り越えた一人の偉人として、今日ジャッキー・ロビンソンは賞賛されているわけです。
僕がジャッキー・ロビンソン・デーをいいなあと思うのは、過去の史実であれ「どの面下げて」という恥に近い感情すら乗り越えて彼を称えようとする人々の、つまりは多様性を尊重しようとする文化や気風に感銘を受けるからです。
日付を無視してでもジャッキー・ロビンソン・デーに触れたのは、時差のおかげです。現地時間4月15日のドジャース戦は、日本時間の4月16日の午前に行われます。大谷選手がドジャースのユニフォームで42番を背負うのは、ちょっと特別だなあと思うんですね。

ご当地名産品を考える方のご苦労が偲ばれます@館山自動車道・市原SA。

弱者の僕が応援する

テレビの話です。4月1日から始まった朝ドラ『虎に翼』、興味深く追いかけています。いろいろ褒めたいのだけど、中でもタイトルバックは特にカッコいい。
今回のドラマは、「日本史上初めて法曹の世界に飛び込んだ、一人の女性の実話に基づくオリジナルストーリー」だそうです。そんなわけで放送開始から2週間の主人公は、当時(というのはこの国の戦前)の法律が定めた女性の権利や立場の著しい低さに憤慨し、改めて法律を学ぶ決意を高めました。
そうした清々しい奮起と、その先に待ち受ける幾多の失望を乗り越えていく女性の姿を描くのは、朝ドラが得意とするところです。別の言い方を用いれば弱者の物語でもあって、では誰が女性たちを虐げたかと言えば、およそ男性または男性が築いた社会です。それを男の僕が、かなり繊細な感性で眺めると、「どの面下げて見るんだ?」といった疑問符が浮かぶのを看過できなくなるのです。
そんな感性を付加されたのは、企業関係の仕事でダイバーシティに触れたとき、こんな意見を耳にしたからでした。
「この世界で異性愛者の男性は、無自覚のうちに既得権益を行使している」
ショックでした。まさに無自覚だったから。けれど現在の社会を改めて見渡すと、性の違いによる損得差は依然として確実に存在している。だからおそらく今もって、不公平に立ち向かう女性の物語が支持されるのでしょう。この世界にはまだ彼女たちのようなヒーローが必要という共感とともに。
となれば、ぬくぬくと既得権益に守られてきた男性にとって朝ドラは、まず史実を直視し、未来を変えるための反省材料とすべきなのでしょうか。いや、そこまで大袈裟に考えなくてもいいですよね。不幸な時代を二度と招かないため、現代を生きるすべての人が力を合わせてドラマをつくればいい。
そしてまた、無自覚な男性の僕の中にも、この社会の在り様を嘆く自分がいます。そんな弱者の僕が、朝ドラの主人公を応援してもいいだろうと、そう思ったりもします。
朝から面倒臭いこと考えるもんだと呆れますか? 実は、僕の朝ドラは基本的に録画鑑賞ゆえ、寝しなに一気見したりするので、例によってどうでもよさそうな思考が働く対象になりやすいんですね。今回の『虎に翼』は、そういう対象になり得ていることがお伝えできればと思った次第です。

まだ桜も咲いているのに鯉のぼりなんだなあと。

先礼必勝法

水道やガスなど、ここ数カ月ウチの近所では工事が連続し、そのたびポストに工事個所を示したお知らせが差し込まれてきました。その慌ただしさも年度末で収まるかと思いきや、4月になってもお知らせが届く始末。実は地下に問題を抱えている地域なのかな。
さておき最新の通知は解体工事らしく、お知らせにタオルが同封されていました。粗品と記されていた通り、かなり薄っぺらい布地で、積極的に顔を拭きたい気持ちにはならない、他に呼びようがないからそう呼ぶ程度のタオルです。僕は見た瞬間、雑巾に使えるなあと思いました。
とは言え、タオルのクオリティ自体はどうでもいいのです。そもそも潔く粗品と明示しているし。そうではなく、これまでの工事のお知らせにはなかった一品を添えて一方的に投函するということは、「受け取っちゃったんだから、あとはよろしく」というような、無言のうちに受託収賄的な関係性に取り込もうとする意図を感じたりもするのです。
そんな意図はないか。ただの慣例だな。予算が許す最低ラインの粗品じゃ、何か支障が出たときにそれで許されるとも思っていないだろうし。だからこういう場合は、せめてもの気遣に片頬だけで笑えばいいことくらい、僕だって知っています。
ただ、こちらが何も決めていないうちに礼を済ませるのは、なかなか小賢しい必勝法だと思うんですよね。たとえ薄っぺらいタオルであっても、僕は部屋に持ち帰り、お知らせを読むためにビニールの包装を開封してしまっから、了解の意思を示したことになっちゃうんじゃないでしょうか。品を見て、雑巾に転用できるとまで考えちゃったし。
まあまあ、どうでもいい話ですけれど、これまでと違う手法だったので、今度の工事の規模に少し身構えているだけです。今のところ騒音や粉じんなどの被害はありません。ただ、駐車場の近くの道路を片側一車線通行止めにするので、クルマを入れる際いささか手間取るようになりました。それも今のところ受け入れているのは、粗品の効果でしょう。なかなか効きますね、先礼必勝法は。

これがその粗品ですと見せるオレもイヤらしい。

踏み絵

おなじみウィキペディアによると、旧暦の安政三年三月九日、現在の暦で1856年4月13日は、長崎や下田などの開港地で踏み絵を廃止した日なんだそうです。どこか中途半端な記述に思えたので、ちょっと探ってみました。
踏み絵とは、かつてこの国が禁教としたキリスト教の信者を見つけ出すため、イエス・キリストや聖母マリアを描いた紙または真鍮製の板を庶民にあまねく踏ませたものです。
徳川幕府の祖である家康は当初、外国との交易に積極的でした。それに伴って布教活動で来日した宣教師たちの活動も黙認していたのですが、役人の想像を超えた速さでキリスト教が全国に広まったらしいんですね。おそらく、イエスやマリアといった偶像崇拝が、当時の日本人には新鮮だったのかもしれません。その時代の庶民は新しい何かを信じないと生きていけないほど貧しい暮らしを強いられていたのだと思います。
とにかく家康は、輸入された教えの拡大を恐れます。戦国時代を経てようやく統治した国で、また新たな力を蓄えられたくなかったし、海外では信仰をもとにした宗教戦争が起きたことも知っていたからでしょう。
そうして幕府は、1612年にキリスト禁制を発令。1629年に絵踏を導入します。三代将軍家光の時代になった1635年には、日本人の海外渡航と在外日本人の帰国が全面的に禁止されたので、いわゆるキリシタン弾圧は完全鎖国より早かったことになります。
それから約230年後、海外との交流に迫られ部分的に開港した長崎や下田などで踏み絵を撤廃。それ以外の場所では継続したそうです。とは言え、あまりに長く実施された信者発見法だったので、後期になるとキリシタンの間でも信心と行動は別という考えが広まり、結果的に形骸化したらしいんですね。ただし、前期はどうしても踏めなかったばかりに捕らえられた人が少なくなかったようです。
踏み絵というのは、信じる心を自ら踏みつける冒涜を試すわけですから、手段が稚拙な分だけに残忍さが際立ちます。もとより忠誠心が厚い国民性を利用したのでしょうが、ずいぶん酷いことを考えつくものだと恐ろしくなります。
果たして今の自分に踏めないものはあるだろうか? さくっと見渡して、物理的に壊れるもの以外がすぐに見つけられず、いささか情けない気持ちになっています。

我がオンボロ、間もなく車検。何回目だ?

「いつかは死んじゃうんだから」

画数6の「死」は、滅多なことで口にしてはならないものだという、言霊信仰的な習慣があります。ありますよね? 僕はいつからかそれに倣ってきたし、今だってキーボードでshiと打って漢字変換するのをためらったくらいです。
しかし、そういう習慣があるのを知らないはずはないのに、たとえば何かを始めるのをためらっていると、「どうせいつかは死んじゃうんだから」とか「いつ死ぬかわからないんだから」と切り出され、それこそ「死」に躊躇している僕が意気地なしに思えてくる場面に出くわすことがあります。その印象的な記憶のひとつは、僕に憧れのギターを「買っていいもの」と知らしめた、アキラの言動でした。
10代の頃から欲しかったマーティンを自分のものにできた歓喜だけで書き上げた愚著『僕のマーチン君』。その中に、当時たぶん30歳だった女性編集者のアキラが登場します。
僕が憧れのマーティンを手にする数カ月前、彼女の突然の誘いで楽器屋に行ったら、その場でマーティンを買ってしまいました。おそらく音楽好きのアキラにすれば、それ以前からギターが欲しかったのかもしれない。けれどその場の彼女は、予算に見合うマーティンを何本かジャラジャラと弾いて、「これ!」と即決してしまったのです。そしてアキラは、そんなに簡単に買えるものなのかとたじろいだまま動けずにいた僕に、こうつぶやきました。
「早く買ったほうがマーチンと過ごせる時間が長いじゃん。人生には限りがあるんだし」
以上は、愚著からの抜粋引用。思い返してみると、そのときの彼女は「どうせ」あるは「いつかは」を前置きにして「死」を語ったような気がします。それに面食らった僕は、文章にする際いささか表現を和らげたのかもしれない。
いずれにせよ、そんなアキラにも大きな影響を受けて、僕は憧れの1本を手に入れたことで本を1冊書き上げてしまいました。
本日もっともお伝えしたいのは、そうして「いつかは死んじゃうんだから」的な論法を迷いなく軽やかに繰り出すのは女性ばかりということです。そう感じているのは僕だけでしょうか。女性と男性では死生観が異なるのかな。体内に命を宿せるか否かの根本的なところからして。何にせよ、自分なりの考えで時を待っているのに、女性から「死」を突きつけられるとぐうの音も出なくなります。男脳がこねくり回す思考の女々しさを思い知らされるんですよね。いやまったく、何も言い返せなくなるんだよなあ。

この間の日曜日の河川敷に訪れた夕暮れ。

 

憧れのオートバイ

歳の近い飲み仲間がその話題を僕に振った理由は不明ながら、僕に聞いてよかったと彼は言ってくれました。オートバイに乗りたいんだそうです。
ふむ、オートバイ。僕は昨年の夏に、20代後半から持ち続けた古い1台を手放してしまったので、もはやオートバイ乗りの自負がないんだと、まずはその件から切り出しました。いわゆるどうでもいいプライドに紐づく感傷を少しでも理解してもらえたらと思って。
「ああそうなんだ。それよりも、この人生で一度は北海道ツーリングをしてみたいんだけど、どうかな?」
やはりプライドなんて「それよりも」扱いなんですね。傷ついたりはしません。元々どうでもいいものだから。
さておき彼は、いまだ二輪免許を取得していないものの、何かの動画で見たオートバイ旅の素晴らしさに感動して、若い頃からの憧れを叶えたくなったんだそうです。しかし、何かにつけ理想と現実、虚像と実像には大きな落差が潜んでいるものです。
たとえばオートバイによる北海道。僕も仕事で行かせてもらいました。ベストシーズンは夏。というか、夏以外にはあり得ません。少しでも季節を外したら一日中凍えなきゃならないし、夏でも雨に降られたまま日暮れを迎えると、やはり「来なきゃよかった」と嘆き悲しむことになります。無論、路面が濡れれば危険性も増します。
それから北海道で驚いたのは、「この先150㎞ガソリンスタンドなし」の看板でした。あれはヒグマよりビビります。
そういう旅のリアルが、彼の見た動画で語られていたかどうか。いや、若い頃からの憧れに泥を塗るつもりなどないんです。ただ、常に外気に身を晒すオートバイには、相応の辛さがあることだけ知っておいてもらえたらと。まぁ、辛い体験も土産話になるんですけれど。
「へぇ、そうなんだ。いいこと聞いた。やっぱり一度は行ってみたいなあ」
何かね、一途な彼にはネガではなくポジな経験談になったみたいです。それならいいのだけど、会話の最後で、愛車を手放したあとはどうしているのか聞かれました。仕事では乗せてもらっていると答えたら、それまでにないシニカルな表情でこう言われました。
「いい仕事、してんなあ」
それは憧れから来ている感想ではなかったみたいで、なぜか申し訳ない気分になりました。

そんなわけで昨日も、オートバイに乗せていただけるお仕事でした。

つながり

何かの集まりがあると、「いろんな人とつながってよ」と促されたりします。そんな言葉に「そうだね」と返すだけで行動に移さないでいると、仕舞には「いろいろつながったほうがいいよ」と諭されます。
なぜだか僕は昔から、そういう場面で言われる「つながり」づくりがひどく苦手です。本人が告白しても信じてもらえないでしょうが、実は人見知りゆえ社交的な性格ではなく、なおかつ人が大勢集まる場所や集団行動が苦手。だから、そもそも集まりのようなものに積極的に参加したい気持ちになりません。
あるいはより深く自己分析すると、見知った人ばかりでないと自信が沸かない臆病者のくせに、自分からへりくだることのできない頑固者でもあるらしい。どうでもいいプライドが強すぎるのでしょう。そのせいで新たな出会いや経験の機会を失い続けているのかもしれない。
それはかなり損かもなあと思うのは、つながりを大事にしている人の話を聞いたときです。つい先日聞いたのは、10年以上前に行われた勉強会で知り合った仲間との同期会でした。その様子を教えてくれた方は、「あれ以来、それぞれ会社で偉くなったので、営業職の自分にはメリットばかり」とおっしゃいました。そのメリットとは、話を聞いてくれる決裁権者にたどり着く速さなのでしょう。
それが俗に言う人脈の効能であることは理解できます。そしてもはや説明するまでもなく、面倒臭い性格に縛られがちな僕にとってそれは、なぜかためらってしまう関係性でもあります。ただ、同期会の話をしてくれた方が人脈の重要性だけを語ったなら、僕は自らを省みることはありませんでした。
何だかとても楽しそうだったのです。互いの会社を訪問し合ったり、個々の現在の悩みを打ち明け合ったり、ご本人は口にしなかったけれど、それこそがその会のメリットみたいでした。互いのスタートラインが同じだと、そういう親身なつながりが生まれやすいんでしょうね。そういう同じスタートラインに立つ機会すら遠ざけてきたから、僕には楽しいつながりがつくれなかったのかもしれない。そう気づいたのが最大の残念ポイントでした。
ごく自然に醸成されていくのがつながりだと思ってきたけれど、何か違うみたいですね。

好きな色。

 

入学式の記憶

そんなこんなで、ぼやぁっとしたまま春を迎えましたが、4月は大きな場面転換を迫られる人が多いんですよね。この週末、昨日の月曜に小学校の入学式上があると教えてくれた7歳の男の子や、今週から中学生の授業が始まる娘のお弁当をつくらなきゃいけないというお母さんに会って、自分の曖昧な時間の過ごし方を反省しました。節目がないって、精神が緩むんだなあ。
さておき、これまでとまったく違う環境に身を置く最初の日って、どんなことを記憶するんでしょうね。そんな節目の日の中で、断片的ながら、僕は小学校の入学式をよく覚えています。
体育館の照明。あれが水銀灯だったことはかなり後で知るのですが、とても高いところに備わっているのに、すごくまぶしくてきれいで、そんな光に照らされている状況に感動したんです。光線が拡散するくらい滲んで見えたのは、感涙のせいだったかもしれない。同時に、そういう感動ができる感性に酔ってもいました。おそらくあれは、自己陶酔に陥って周囲が見えなくなる最初の機会だったと思います。
それから、式の前だったか後だったか、導かれるまま教室へ向かうため通過せざるを得なかった下駄箱。ひとり一箱ずつ用意されていて、その扉にはそれぞれの氏名が平仮名で表示されていました。しかし、僕の名前はなかった。あろうべき場所にあったのは「たむらとしお」。もしやそういう名前の子がいるのかもと、皆が上履きに履き替えるのを一通り見守って、やっぱりなと思いました。
これは過去に散々経験してきた誤記。十七男が「となお」と読めなくて「としお」になっちゃったんだと、大人がよくやる間違いを小学校もするんだと、そういう子供らしくない冷めた目線は、小学校に上がる前から持ち合わせていたようです。
それから五十有余年。様々な経験によって性格形成が行われたはずですが、三つ子の魂とはよく言ったもので、性根は今もって7歳のままみたいです。今年入学式を経験した子供たちは、何を記憶するんだろう。周囲の大人は、それを知るべきなのか、または放っておいたほうがいいのか、どちらが正しいのでしょうか。僕はこの件、たぶん親に話していません。皮肉を好むのも、生まれついた性癖なんだろうなあ。

曇り空がどうのとボヤいていたら、青空の下で満開の桜を拝めました。

 

極めて平和な悩み事

あくまで個人的な感想ですが、今年の春はいつも以上にぼやぁっと訪れた気がしています。桜の咲き方のせいかもしれません。例年よりうんと早く開花すると伝えられていたのに、実際は寒の戻りでかなり遅くなり、ようやく咲き始めたら曇り空続きで、今ひとつ満開感が薄くなってしまった。それは桜のせいではありませんね。開花予報を出したのも、見栄えに勝手な評価を下すのも、すべて人間の都合だから。
あと、どういう理由か不明ですが、枝を短く切られた桜も多く、枝振りが冴えなかったのも残念です。最長でも80年とされるソメイヨシノの延命対策だったのかな。
その一方、今年の春で例年以上にせかせかしていることもあります。メジャーリーグ中継が忙しすぎるのです。ご存じのように、今季からまた彼の地でプレーする日本人選手が増え、それに伴って日本人選手同士の対決が増えている。見逃せないじゃないですか。
ただし、現地時間のライブ放送となると午前3時過ぎスタートだったりして、それはさすがに付き合えません。なので録画し、目覚めてから朝食とともに眺めるのだけど、やっぱりスポーツの録画鑑賞は勝手に枝を切るような無礼さが募りますね。大谷選手の打席だけ見て他を飛ばすとか、そんな所作は野球への冒涜ではないかと、早送りスイッチを押しながらも我が身の罪深さを呪うのです。
何にせよ、前後の文脈を無視した切り取りは、取材者として手落ちというより手抜き。一定の時間を要して連続展開する事柄に、誰かにとって都合のいいシーンばかりが続くはずがなく、そのすべてを見届けてこそ語る資格を得られるものです。ここ最近は、そんな正論と戦いながら、そして正論を踏みつけ続けている。でないと録画が溜まって、ますますライブ感が薄まるから。
どうでもいいことで悔やんでいる僕の頭がぼやぁっとしているのでしょう。いずれにしても気温が高くなり、身軽な感覚が高まった春ならではの、極めて平和な悩み事です。

今年の桜が冴えないのは、僕のオンボロの色合いではなく、曇り空のせいだと思う。