初めてお会いした方に「格闘家みたい」と言われました。ふむふむ、そっち方向ね。あえて残念ながらと申しますが、わりとよくあるパターンです。特定の人物に似ていると評されることも少なくありません。その方に対して特別な思いはないけれど、たまに写真など見て自分と見比べてみて、そうなのかなあと首を傾げたりします。おそらく、不服とまでは言わないまでも納得はできていないんでしょうね。元々が傲慢なので、誰かに似ていること自体が好きじゃないのかもしれません。
それにしても、格闘家。荒くれてる印象ですかとたずねたら、ガタイがよく見えるからなんだそうです。僕がイメージする格闘家は、今の自分よりはるかに筋肉が盛り上がった大きな体を持ち、なおかつ近寄る者立ちどころに斬り倒すような鋭い眼光をその顔に具えている人です。だから、自分とは似ても似つかないはず。
ポイントはそこなんですよね。自分と他人のイメージは、おそらく90パーセント以上の確率で交わらない。要するに、こうでありたいMeとこうであろうYouは異なっているわけです。ゆえに、こうでありたいと願うMeの気持ちはたぶん誰にも伝わらないから、極力口にしないほうがいいのではないか。だって、そんなに線が太いわけじゃないと思っていようと、格闘家に見えてしまうというその人のイメージを止めることはできないから。
これこそが本質的な残念かもしれませんが、こうでありたいMeの承諾が周囲から得られない事実に対しては諦める以外になさそうです。そうしてとことん諦め続けて、どう見られようと仕方ないというある種の境地に達したとき、人は本当の自分を悟るのだろうと、今はそんなふうに考えています。だいぶ近づけたと思っていたんですね。ところが不意に格闘家と言われて、意外にがっかりして、おやこれじゃダメじゃんと小さく肩を落とした週末でした。
関係ないけれど、さっきまで今日は休日だと思っていました。

ホームと車両、先に延ばそうとしたのはどっちかなあと思ってね。
