「世界一」と言ってほしかった

今週のニュースで奇妙に心が動いたのは、「ホンダの2026年F1復帰」でした。NHKのニュース番組でも取り上げられたので、世間的にもインパクトがある話題だったのかもしれません。
復帰ということは離脱があったわけですが、ホンダは1964年の初挑戦以来、数年から十数年のブランクを持ちながら、そのほとんどをエンジン供給者としてF1に参戦してきました。最後の離脱は2021年。これは第4期とされています。
ただし話がいささか複雑なのは、ホンダ自体がF1を離れている時期でも、ホンダの関連会社がエンジンをつくり供給していた事実があることです。現在もそうです。ですが(表現はよろしくありませんが)関連会社がこっそりやるのではなく、天下の親会社がその名を冠して挑むからこそ、メディアは復帰と銘打って華々しく伝えたかったみたいです。
今回の復帰の主な理由は、2026年から採用される技術的ルールがおおむねカーボンニュートラルの実現に向けられているから。この社会課題の解決は自動車メーカーにとって最重要テーマなので、F1への再挑戦で将来向けのより高度な技術を磨き、市販車にフィードバックするという名目になるようです。ホンダはレース好きと言われるけれど、これは遊びではなく社会貢献なんですよと。そういう言い方をしないと、いわゆるステークホルダーが納得しないのでしょう。
そうしてホンダは、自社のビジネス方針を理由にF1の出入りを繰り返しました。やむを得ないのだと思います。須らく物事には大人の事情がありますから。しかしF1は、モータースポーツの頂点であるという誇りのもと、メーカーの事情に関係なく歴史を紡ぎ続けています。その事実なんですよね、僕の心が奇妙に動いたのは。
スポーツの目的とは何か? 全身全霊をかけて挑むこと。それがプロの領域なら勝利がすべてであること。だから今回のホンダには「世界一になる!」と言ってほしかった。それがF1というスポーツの枠であれ、一般の人々のための自動車技術であれ。でないとまた離脱があるのだろうと、そんなふうに思ってしまうのです。
とは言え、気安く「世界一」とは大見得を切れないご時世なのでしょう。けれど現場レベルでは、「世間をあっと言わせてやる」と奮闘しているんじゃないか。そこに期待しています。僕がまたF1に興味を持てるためにも、ぜひお願いしたいんですよね。

あるいは色がつく前の、デッサンみたいな様子のほうが好きかもしれない。

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