未来は過去からやってくる

説教臭い大人になりたくないと思いながら生きてきましたが、伝えたいなあという件があるので、嫌われないよう注意しながら話します。「未来は過去からやってくる」。一言にまとめれば、そんな感じ。
あるメーカーに勤めていた方が退社を決めたタイミングで、こんなことを言ってくれました。
「これから始める自分の事業でお願いできることがあれば、必ず連絡します」
もうその時点で十分にありがたい。身に余る光栄ってやつです。ただ、すべては正式な依頼を受けてからの話です。どんな願いや希望も、日々の事情で変わっていくものだから。なのでこういう場合は、お気持ちに感謝しつつ、そういう日が訪れるのを待つ他にありません。たとえ自分に依頼が来ずとも、その人の新しい道に光が射すことを心から願って。これ、綺麗事に聞こえるかな。でも、個人事業主なら誰もがそういう気構えでいるんじゃないでしょうか。
そして、あれから2年近く経つのかな。先日その方から突然「いよいよお願いできそうです」と連絡が来ました。この案件ならあんた以外に頼めそうな人を知らないし、やっぱりあんたの原稿が好きだからと、そんなことまでおっしゃっていただいて。わりと寝起きだったのに「うう」ってなっちゃいました。もらい泣きしてくださってもいいですよ。
電話を切って鼻をすすった後で、改めてこう思いました。僕らは、成果または結果という過去でしか判断されないのだと。その方が僕の仕事の何を気に入ってくれたかはわからないにせよ、あらゆる時々で可能な限りの全力を発揮しておかないと、こういう未来につながらないのだと。これ、自慢に聞こえるかな。僕としては責任感を伴った自負を話しているつもりです。
とは言え、今となっては過去の正当な評価は不明です。もっとよいものを提供していたら、現在の僕はこうじゃない場所にいたのかもしれない。それもまた不明です。そんなことより時間が経っても自分を思い出してくれたこと、その一点だけでも稼業冥利に尽きますよね。
ですから若い皆さん、最近はキャリアパスだの先々を考えるような言葉や意識が方々で出回っていますが、まずは目の前の仕事に全力で向き合い、現在最大限の成果を出してください。きっと未来の自分が感謝するはずです。これは信じていい。
って、説教臭くなってない? 大丈夫?

10月半ばの紫陽花。骸感、いよいよ高まる。触るとカサカサ。

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