老害

老害という言葉、いつから耳に入るようになったのか覚えていないけれど、最近はそれが実害になり得る様子をよく目にするようになりました。
30代くらいから始まる脳の萎縮を原因とする説明もありますが、つまるところ年齢を重ねるほど他人の話やアドバイスが聞けなくなるのでしょう。そうなる大きな要因は経験だと思います。ある程度の年齢に達しても一定の権限を有する人は、その立場に至るまでに相応の努力と苦労が払われ、それがまた一定量報われてきたはずです。ゆえに自分の方法に体験的な自信がある。
なんて書いてみると、オレにもそういうところがあるかもと気づいた途端、すぐさま言い訳が浮かんできます。いろんな修羅場を潜り抜ける中で自分の方法を手に入れてきたのだから、それを指摘されたらかなわんぞと……。
ああ、そういうことか。まったくもって恐ろしい。これが老害シンドロームなのかもしれないな。
一方、何にせよ害は避けたいものの、ある程度は頑固老人を許容してあげたいとも思うのです。いやまぁ、程度問題ではあるけれど、責任を問われている記者会見で「バカヤロー」と言い放てるおじいちゃんを目の当たりにすると、絶滅危惧種と遭遇したような、奇妙な高揚感を覚えたりするんですね。
きっと昔は、わりとそこら中にバカヤロー爺さんがいたんだと思います。問い質せば屁理屈をこね、場合によっては聞こえないふりをし、具合が悪そうに見せかけてなかなかくたばらない。そういう老人たちの存在は厄介だけど、上手いこと味方につけたり適当にあしらったりして、時には敬う余裕を持てた気がしなくもありません。
何が言いたいかというと、誰も彼も聞き分けのいい無害な人になるのはつまらないなあと、そんなふうに思います。いやいや、アンタが老害に直面していないからそんなことが言えるんだと叱られそうですね。けれど僕としては、自分が害を与える張本人にならないよう努力するのが精いっぱいなので、数多の指摘に応じる暇がありません。
ふむ、なるほど。自分に必死になると、そうして人の話やアドバイスが耳に入らなくなるんだな。

遅くなりましたが熊本土産を。なかなかお目にかかれないくまモンの後姿です。

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